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核兵器廃絶へ、理想と現実 [etc.]


明確なこと。
核兵器は人類にとっても地球にとっても
恐ろしい殺りく兵器であるということ。
それは、どの国のリーダーもわかっている。

そんなもの、無ければいい。
と、全ての国のリーダーが考えていれば
核兵器廃絶は簡単だ。

現実は、核兵器を保有する国と
保有しない国が存在し、
新たに核兵器開発を進める国がある。

そして、人の考え方や価値観を180度変えさせることは容易ではないということ。

核兵器廃絶への難しさは、
世界中全ての国が核兵器開発をしないと誓い、
保有している国が一つ残らず廃棄しなければならないということ。
一国でも、核兵器を保有する国があれば
真の安全保障は保たれないという現実があります。

日本のすぐ隣には、核兵器保有国があり、日常的にミサイルを発射したり、
領海、領空侵犯を平気で行おうとする国がある。

そういう国に対して、日本はどのように
国の安全を守り、国民の生命を守っていかなければならないか。

核兵器廃絶は、日本だけ、核兵器非保有国だけで進められるものではありません。

核兵器廃絶を訴えるのは簡単だけれど
同時に、世界情勢を知り、
そこにある様々な問題や危機、
日本のすぐ近くに現実にある危機とどのように向き合って、
国の安全を守っていくかも考えなければならないとも思います。


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広島原爆の日 [etc.]


戦争の始まり、
それを決めるのは決して市民ではない。
でも、犠牲になるのは多くの市民です。
赤ちゃん、子供、学生、社会人、主婦、
妊婦さん、お母さん、お父さん、
おじいさん、おばあさん…
国の争いごとに関係なく、
みんな、自分の日常を、自分の人生を
ただ生きているだけ。

そんな市民たちが、
戦争によって、突如として日常、人生を
奪われてしまう。
市民が何をしたと言うのでしょう。

こんな不条理なことはありません。

72年前、戦時中とはいえ、
アメリカが、米軍が核兵器を使用したことは
どんなに時が経とうとも絶対に正当化されるものではありません。

核兵器を使用した側は、
核兵器の犠牲になった街が、市民がどうなったか、
あの日から、どんな日々を過ごしてきたのかを知るべきです。

起きてしまったことを無くすことはできない。
でも、核兵器を使用した国の国民が
事実を正しく理解しようと努力し、知識を深め、
被爆者の方々に接したり、心情を知ること、
人の傷みを理解することで、
二度とあんなことを起こしてはいけないと
そう思うことが大事。

と同時に、戦争を知らない私たち、
今を生きる若い世代、これから生まれてくる子供たちにも
過ちを繰り返さないよう、
ずっと語り継がれていかなければならないと思います。

想像しましょう。
いつもの朝、目覚めて朝食をとっている、
学校や仕事へ出掛ける、
洗濯や掃除をしている、
そんな時に、突然、強い光と共に
何が起きたかを知る間もなく、
亡くなっていく。
それが、自分だったら。
大切な人だったら。

想像しましょう。



私たちは、国の奴隷じゃない。
一人一人に日常があり、一度しかない人生を
幸せに生きる権利がある。
それを奪う権利は誰にもない。

戦争をして、失うものの大きさに
見合った幸せなど絶対にないのだ。



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